|
つい先だって、「読書とは本文、原文を読むべきもの」とタンカを切ってしまったので、自戒も込めて手元にある新刊旧著などいくつか目を通してみる。 鈴木邦夫『愛国者は信用できるか』講談社新書 最近読んだ本の中で、最も共感できる本のひとつ。まさに、一行読んでは同感し、一頁読んでは共感を深める。鈴木さんには一度お会いしただけだが、実に温厚な紳士であった。その誠実な人柄が、文章にもありありと具現しているようである。この著作については、改めてご紹介申し上げたい。 K・マルクス『資本論』 今回読んだのは、中央公論社「世界の名著」シリーズの中に入っている抄訳。全訳で読んだのは、青木書店刊の4巻本だった。最初に触れたのは、岩波版の向坂訳だったが、当時高校生の私にはとても歯が立つものではなかった。その後、「貨幣」まで至らずに何度も挫折した。それにしても、この「世界の名著」シリーズは訳がよろしくない。 岩波版『透谷全集』 高校時代に透谷を読み始めた際、「なんて難しい文章だろう」と思った。しかし、今読んでみると、決して「文章」は難しくはない。ただ、使われている熟語、漢語が不慣れで難しいだけである。文章そのものは、むしろ緻密で整備された、わかりやすさを配慮した造りになっていると感じる。漢語の多用というのは、むしろ透谷の心配りではなかろうか。漢語というのは、少ない文字の組み合わせで、実に奥深い、あるいは詳細な意味を表現できる。読者が漢語の素養があるという前提であれば、だらだらと説明を続けるよりも、漢語を使ったほうがすっきりとした読みや文章となる。自らの不勉強を、さらに反省するものである。 さらに、まだ読んではいないが、『ロランの歌』も本棚の隅から見つかった。かの野蛮傲慢なるフランス文学の古典中の古典であり、かりにもフランス学を納めている人間なら、必ず読んでいることだろう。まあ、これなどは後回しにしてもよかろう。 |
| << 前記事(2006/09/03) | ブログのトップへ | 後記事(2006/09/07) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2006/09/03) | ブログのトップへ | 後記事(2006/09/07) >> |