町村長官の講演および再び少子化について
先日、官房長官町村信孝氏が東京大学での講演を行い、そのなかで「早く結婚して次の世代を作るのは、皆さんがたの義務だと思う」という旨を述べたと、読売新聞が報じている。
結婚が義務かどうかは、個人の意見や考えがあるから、すぐに結論は出せないであろう。だが、「結婚は義務だ」などと学生諸君に向かって公言することに、はなはだ恐縮ではあるが小人は強烈な違和感を感じてしまう。
先日、あるブログで「結婚する友人に、子供は作らないか、あるいはひとりでいいと忠告しようと思う」との意味の発言を見かけた。ここ数日、ネットや知人などを介して少々調べてみたが、その理由はさまざまであるが、同様の意見つまり「子供はないか、一人程度」という意見は少なくないようだ。
すでに拙ブログで幾度か申し上げたが、少子高齢化はたしかに深刻な問題ではある。しかし、結婚や出産は個人のライフスタイルの問題であり、いわば思想や心情の問題である。したがって、いかに少子化が重大事だからといって「結婚は義務だ」とか「子供を生むのは義務だ」などと強制することは、誰にもできない。
だが、同様に「子供はいないほうがよい」とか、「ひとりいればいい」などと忠告したりすることも、同様に思想信条への侵害にほかならないだろう。まして、強制するなどしてよいはずがない。たしかに現状は、子育てや教育には厳しい状況である。そのことは、3人の子である小人は激痛を伴って理解しているつもりだ。だから、当事者である国民が「子供は作ることができない」と感想を漏らすのも、無理のないところであろう。しかし、他者が当事者に対して、忠告や意見をしてよいものか。小人は結婚についても子供を持つことについても、誰から言われたわけでもなく、自らの考えで決めたものだ。そして、誰にも「子供は多いほうがいい」とも、「子供は少ないのがよい」とも、絶対に言うつもりはないし、言ってはいけないことくらい知っている。冗談でも言ってはならないと、理解している。
そもそも、個人のライフスタイルや思想信条に、他者が介入すべきではなかろう。まして、国家権力を持つものが「結婚は義務だ」などと口にするなど、言語道断であろう。
ちなみに、町村長官は「私は、ちゃんと2人の子供を作って義務を果たした」と誇らしげであったという。
結婚が義務かどうかは、個人の意見や考えがあるから、すぐに結論は出せないであろう。だが、「結婚は義務だ」などと学生諸君に向かって公言することに、はなはだ恐縮ではあるが小人は強烈な違和感を感じてしまう。
先日、あるブログで「結婚する友人に、子供は作らないか、あるいはひとりでいいと忠告しようと思う」との意味の発言を見かけた。ここ数日、ネットや知人などを介して少々調べてみたが、その理由はさまざまであるが、同様の意見つまり「子供はないか、一人程度」という意見は少なくないようだ。
すでに拙ブログで幾度か申し上げたが、少子高齢化はたしかに深刻な問題ではある。しかし、結婚や出産は個人のライフスタイルの問題であり、いわば思想や心情の問題である。したがって、いかに少子化が重大事だからといって「結婚は義務だ」とか「子供を生むのは義務だ」などと強制することは、誰にもできない。
だが、同様に「子供はいないほうがよい」とか、「ひとりいればいい」などと忠告したりすることも、同様に思想信条への侵害にほかならないだろう。まして、強制するなどしてよいはずがない。たしかに現状は、子育てや教育には厳しい状況である。そのことは、3人の子である小人は激痛を伴って理解しているつもりだ。だから、当事者である国民が「子供は作ることができない」と感想を漏らすのも、無理のないところであろう。しかし、他者が当事者に対して、忠告や意見をしてよいものか。小人は結婚についても子供を持つことについても、誰から言われたわけでもなく、自らの考えで決めたものだ。そして、誰にも「子供は多いほうがいい」とも、「子供は少ないのがよい」とも、絶対に言うつもりはないし、言ってはいけないことくらい知っている。冗談でも言ってはならないと、理解している。
そもそも、個人のライフスタイルや思想信条に、他者が介入すべきではなかろう。まして、国家権力を持つものが「結婚は義務だ」などと口にするなど、言語道断であろう。
ちなみに、町村長官は「私は、ちゃんと2人の子供を作って義務を果たした」と誇らしげであったという。
この記事へのコメント